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当世食材事情

2009年 9月14日 更新

ニラ<2>


記事関連の写真全国各地に「韮崎」「韮山」など地名を残すニラは、古くから利用されてきた馴染み深い野菜ですが、かつて消費量そのものはあまり多くありませんでした。戦前は家庭菜園での栽培が主で、あまり八百屋の店頭には並ばなかったのです。人と接する機会の多い平日は、においの強い野菜は敬遠される傾向があり、おもに週末中心に食されていました。記事関連の写真しかし、ギョーザやニラ玉などの中華料理が日本の食卓に普及するとともに、強いにおいもあまりきらわれなくなって消費が漸増し、現在では北海道から沖縄まで全国的に栽培されるようになりました。

ニラのおもな生産地は、栃木県と高知県です。この両県で、全国の出荷量の約6割を占めています。ニラは施設生産の比重が高い野菜なので、作付面積と生産量が比例しません。記事関連の写真作付面積のトップは栃木県ですが、生産量は栃木県の作付面積の半分にも満たない高知県が第1位です。これは、ニラは刈り取ったあとの株から再び新葉が伸び年数回の収穫が可能であり、暖かい地域ほどその生育サイクルが早いことに起因しています。そのほか、山形・福島・群馬・茨城・千葉・福岡・大分・宮崎の各県がニラの生産地として有名です。


記事関連の写真ニラは、葉を利用する満州種の「大葉ニラ」、在来種の「小葉ニラ」、葉を軟白栽培して利用する「黄ニラ」、花茎と花蕾を食べる「花ニラ」に大別できます。出回っているものの大半は、葉幅が広く色も濃い「グリーンベルト」と呼ばれる品種です。また、黄ニラは青い普通のニラと品種は同じですが、いったん収穫したあとの株に黒いビニールをかけて光をさえぎって育てます。黄ニラは岡山県での栽培が盛んで、上品な風味から高級な中国料理に使用されます。

記事関連の写真ひとつの根株から10回以上も刈り取りできる便利なニラですが、刈り取り回数の増加とともに品質が繊維質になるので、市場出荷は5回刈り取りぐらいが一般的です。ニラは一年中手に入りますが、本来の旬は葉肉が厚くやわらかなものが出回る冬から春にかけてです。俳句では「ニラ」が春、「ニラの花」が夏の季語として用いられます。「霜あれて 韮を刈り取る 翁かな」(与謝蕪村)、「韮剪(き)って 酒借りに行く 隣かな」(正岡子規)などが代表的な作品です。


記事関連の写真ニラにまつわる言葉としては「冒雨剪韮(ぼううせんきゅう)」もしくは「雨を冒(おか)して韮を剪(き)る」があげられます。後漢の郭林宗が来訪した友人のために夜雨をいとわずニラを切り饅頭をつくって歓待した故事にちなんで、友情の厚いたとえとして用いられます。記事関連の写真また、「誠は韮の葉に包む」ということわざは、「志が厚ければ、贈り物はニラの葉に包むほど軽微なものでいい」の意で使われます。ちなみに薩摩地方には「志(こころざしゃ)ニラン葉」という言い回しがあり、「どこにでもあるニラの葉のような粗末なものですが、しっかり真心がこもっていますよ」という意味で、持参した贈り物などを謙遜して差し出すときなどに使われます。

記事関連の写真独特の粗雑感と生命力のたくましさが漂うニラは、文学作品の題名にも重宝されています。中世イギリスの騎士と貴婦人の世界『アーサー王物語』をモチーフにした夏目漱石の幻想的な短編は『韮露行(かいろこう)』、陸軍省報道部臨時嘱託として中国に赴いたときの詠作をまとめた土屋文明の戦地歌集は『韮菁集(かいせいしゅう)』と名づけられています。



>> 伊澤宏樹 <<
1971年生まれ。青山学院大卒業。出版編集者。「堂々日本史」「その時歴史が動いた」「村上龍文学的エッセイ集」や百科事典などの担当を歴任。