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− 第8章:休耕 −

休耕地は自由な散歩道


 イギリスでは、住宅地と、農業用地や牧畜に使われる土地とは、はっきりした境界線で分けられている。 私の住む学園都市“ケンブリッジ”は、他の多くの地方都市と同じように、中心の市街地域と、周辺に点在する村々が住宅地になっている。 そして、その間には、農耕地や牧草地、森や川などの風景が広がる。 市の中心から約7キロ離れた、人口が800人ほどの小さな村(ヴィレッジ)に、私は住んでいる。 村の中には“コテージ”のような牧歌的な家々もあるが、日本で考えられるような“農村”ではなく、ごく普通の住宅地で、農業に従事する人はほとんど住んでいない。 村の周囲にも境界線があり、住宅地を一歩外に出ると広々とした耕作地や森が続いている。 その合間には、“フット・パス”と呼ばれる小道が、網の目のように張り巡らされていて、田園風景を眺めながら散歩できる。 ある時、フット・パスの隣りに広がる畑の“異変”に気づいた。

 農業は、ほぼ完全に機械化されていて、人力で作業することはない。 耕作地の規模は大きく、畑は草原のように広い。 2004年、晩秋のことである。 いつもの散歩道にある広い畑野の一面が、全く作付けされずに放置されていることが気になった。 所々に刈り残した麦穂が揺れている。 収穫が終わり、次の作付けまで、畑の中を歩くことは“お構いなし”である。 近所の人も、犬を連れたりして、広い畑野の中を自由気ままに歩いている。 私も野を横切り、ロンドンとケンブリッジを結ぶ線路の近くまで行き、通り過ぎる列車を眺めたりして、普段と違う散歩を楽しんだ。 ところが、その年に作付けされないまま、とうとうクリスマスが過ぎた。 やがて、季節は巡り、畑野には、いろいろな種類の野草が育ち始めた。 いつしか、畑は“ワイルド・フラワー・メドー”と呼ばれる、美しい自然の野原に変わっていた。

>> 志村 博 <<
英国ケンブリッジ在住、アーティスト。
http://www.shimura-hiroshi.com/
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