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− 第5章:BSE −

BSEはなぜ、発生したのか


 1980年代半ば、イギリスで初めて、BSE(狂牛病)の牛が見つかり、原因が牛に与える配合飼料に含まれる肉骨粉であることが分かってきた。 当初は牛特有の奇病として扱われ、対策が講じられていた。 ところが、1996年、イギリス政府は「ごく稀にではあるが、牛肉を食べることで人へ感染する可能性があることを、完全に否定できない。」と発表した。 この時、ヨーロッパ中に広がった“衝撃”を今もよく憶えている。 一時“牛肉パニック”と言った状態に陥り、牛肉の消費は一気に落ち込んだ。 その後、BSEに関する正確な情報が徐々に浸透し、沈静化してゆくのではあるが、多くの人が、しばらく牛肉を一切食べなくなった。 当然、牛の飼育や牛肉の流通に携わる業界は未曾有の大打撃を受けた。


 グランチェスターの牧場で会った、牛の“ブリーダー”ブレットさんに、その時のことを聞いてみた。 以前から、ブレットさんは彼の牛に配合飼料を与えたことはなく、彼の牛からは1頭もBSEは発生しなかったそうである。 それでは、なぜ一部の酪農家は、BSEの原因になった配合飼料を、牛に与えたのだろうか? さすがに、その問いの答えは、ブレッドさんから聞き出すことはできなかった。 私はその質問を、グランチェスターのある友人に投げかけた。 彼の名前はロビン・カラン、英語教授法“カラン方式”の筆者であり、伝統のティー・ガーデン“オチャード”を閉鎖から救った人物である。 ロビンは単純明快に、そのルーツは第2次世界大戦にあると言い切った。 彼の考えを簡単にまとめると次のようになる。(ロビン・カラン氏の写真と簡単な紹介をサイトに掲載中→ http://www.shimura-hiroshi.com/es/essay.html “ルパート・ブルックが愛したティールーム物語”)

>> 志村 博 <<
英国ケンブリッジ在住、アーティスト。
http://www.shimura-hiroshi.com/
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