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山菜は先祖から受け継いだ財産


 九州で春を告げる味は何と言っても筍。その筍が立派な竹になる頃、秋田ではようやく春が訪れる。南北に長いだけではなく降雪量の差がこの多様性を生みだすのである。日本列島の面積は狭い。しかし変化に富んだ気候と地形が実に多くの恵をもたらしてくれるのだ。

 ホンナ、シドケ、アイコ、これが秋田の三大山菜と言われている。秋田人はこれを食べて初めて春が来たと感じるそうだ。勿論これ以外にもウドやタラの芽、ワラビ、姫筍(ネマガリ)などの山菜も食べるがやはり三大山菜にはかなわない。

 山あいの田圃で遅い田植えが一段落する五月末、秋田人は落ち着かない。新緑に包まれた山に旬の香りが溢れているからだ。秋田人を疼かせる山菜とは一体どのようなものか気になる。そこで旧知のマタギと共に山菜を採りに行くことにした。

 淡い緑の谷間には残雪が見える。春まだ浅い阿仁の山、冬の名残がそこだけひんやりした風を生む。栃の葉もまだ小さい。花が咲くにはもう少しの時間が必要だろう。そんな初々しい森を歩くのは心地よい。しかし既に下草に覆われた足元は幾ら見てもどれが山菜やら見当が付かない。

 「ほらあそこにシドケがありますよ、こっちにはウド」

 そう言われても緑の絨毯が敷き詰めてあるだけだ。顔を近づけてよく見ても判らないのである。マタギにこれだと見本を採って見せてもらう。ふむふむ、これがシドケか。がさがさがさ。

 「これですよね、シドケは」

 「ああ、それはトリカブトだ〜」

 どひゃああ、これがトリカブトかあ。まったくよりによって毒草を引くとは…。しかしベテランでもたまには間違えて毒草を食べてしまう事があるのだから山菜は難しい。

 わずかな時間で沢山の山の恵みを手に入れる。根こそぎ採らないのは次の人の為と言うよりやはり資源の保護である。そこに暮らす人にとって山菜は先祖から受け継いだ大事な財産。それを根絶やしにする事はもってのほか。守りながら活かす事は重要な事なのである。

 では、とったばかりの山菜を早速頂くとしよう。先ずは丁寧に下ごしらえして沢水でさっと湯がく。濃い緑色が淡いエメラルドグリーンに変われば食べ頃。そのまま口に放り込む。ああ、山だ、山が体に入ってくる。これは長い冬を耐え短い春に弾ける山のエネルギーそのもの。これを食べて春を感じる東北人は幸せである。

>> 田中康弘 <<
1959年、長崎県生まれ。大学卒業後、カメラマンを志し、現在西表島から知床までの津図浦々を取材に飛び回る。「マタギ」をライフワークに、秋田・阿仁またぎの不肖の弟子を自称。
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